抜毛について
NHKの特集で「抜毛について」取り上げていました。
専門家も少なく、日本では未だ研究が進んでいないのが現状で多くの方が悩み苦しんでいるとのことでした。
私が出会った抜毛の症状を持つケースについてお話ししてみたいと思います。
彼は中学生、抜毛だけでなく、時には頭を壁にぶつける行為もありました。
いわば自傷行為です。
彼に何が起きていたのでしょうか。
私のところに来た時の主訴は、毎日学校に来れない、来たとしても髪を抜き、頭を壁のぶつける行為が出る、どうしたら良いかという相談でした。
初めて会った時、その子の表情は眉間にしわを寄せ、苦虫を潰したような顔をしていました。
ほとんど学校では、そのような表情です。
彼と話をすると、学校に来るのが苦痛でしょうがない、でも親は行けという、また毎日父親がへばりついて勉強を強いる、でも彼はやめてとは言えないとのことでした。
学校に来る唯一の楽しみは、一人の友人と一緒に帰宅することでした。
学ぶ内容としては、コンピューターの授業が楽しみでしたが、学校では稀にあるくらいの授業です。
それ以外は全て苦痛でしかなかったのです。
彼は、プログラミングのスクールに行っており、学校が終わり、そのスクールに行くのが楽しみでした。
なんとか、それでバランスを取っていたのですが、遂にバランスが崩れてしまったのです。
早速、担任の先生、親御さんと一緒に話し合う機会を設け、彼の問題について明らかにし、どのようなサポートが必要かを皆で共有しました。
その際に、彼は病院ですでにアスペルガーとADHDの混合があり、薬も服用していることがわかりました。
親御さんは、すでに彼の問題をご存知でしたが、それでも何とか他のこと同じように学校に行き、勉強も遅れを取らないようにお父様が隣について指導していたのです。
この事が、彼の苦しみだったのです。
まず、親御さんに、彼にとって興味のない授業を席に座って聞いていることが、苦痛でしかないこと、これが彼の特性からくる事であり、我慢すればできることではない事を、何度も説明しました。
学校には、席についていても、寝てしまう事を多めにみてほしいと伝えました。
また、学校には週2−3回でも、たったの1時間でも来れたら褒めること。
最後は週1回になりましたが、それでも良いのです。
途中で特別支援クラスに移り、彼にはコンピューターの授業をできるように組んでもらうこと、休み時間は他の生徒の出す騒音が苦手なので、彼の好きな音楽を聞いて良いことなどもお願いしました。
公立の学校の対応は、一人ひとりに合った支援をと言いながらも、まだまだ柔軟性に欠けます。
その子によって様々な得手不得手があるので、それを考慮した授業が組めればいいのですが。
先生と親御さんと何度も会議を繰り返し、彼の様子をシェアしながら、彼が安心して中学を卒業し、高校につながるようにサポートを継続しました。
彼の抜毛は、よほどストレスがかかった日以外は、しなくなりました。
カウンセリングを継続する中で、彼の気持ちが次第に深く理解できるようになりました。
彼は、当初は、「ああ」「はい」「そうだな」くらいしかいわなかったのですが、父親について聞くと、「好きでも嫌いでもない」というような返事や、でも、ある日「俺がどう思っているかを話すと、汚い言葉しか出てこないから言いたくない」と言ったのです。
きちんとわきまえた子供だなと感じました。
母親の話をすると、自分が迷惑をかけていることは重々承知なので、何も言わないですが、私が「お母さんには申し訳ないなって思っているんですね」と言うと、涙ぐむのです。
「もうお願いだからやめて、無理強いしないで」と言う言葉を、親に遠慮して言えない代わりに、自分を傷つける行為に走ってしまうのです。
こんなに小さい子が、苦虫を潰したような顔をして、私は会うたびに、この子の苦しみを思うと、胸が潰されそうな思いでした。
そんなある日、彼がプログラミングした作品を見せてもらい、感動と驚きで私は、「あなたは周囲にいる中学生にはできないすごい才能がありますね」「素晴らしいです」「これは普通の人には真似できないよ」
すると彼は、「僕にとっては、周囲の同級生の方が素晴らしく思えてならない」「嫌だと思っても学校に来れるし、僕にできないことができている」と語り始めたのです。
そんなふうに思っていたんだね。あなたは何て繊細な子なんでしょう・・・。
今まで会話は一言二言のみ、まるで感情がないような態度、その日は、自分の小学生時代の話を多弁に語ってくれました。
「僕は、ある時から自分が変なやつだと確信した」と言うのです。
カードゲームが好きで、上級生徒ともやっていたそうですが、交換したカードを上級生が盗ってしまったんです。明らかに盗られたのですが、友人に言っても諦めた方がいいと言われて、彼は大変大事にしていたカードでしたが、泣く泣くあきらめるようにしたのです。
そんなある日、校庭で、彼が何かの理由でもう我慢がならなくなり、叫んでしまったそうです。
先生が飛んできて言った言葉が「みんな見てるぞ!」だったのです。
その時に、彼は自分が変なやつだと確信したそうです。
それからは、感情も言葉もシャットダウン。
私が話を聞いていて、大事なカードを騙し取った上級生が悪いし、あなたが叫んだ時に、あなたを心配するのではなく、皆が見てるぞと言って、あなたの行動を止めようとしたのも誤りだと言ったら、彼は涙を見せたのです。
それからは、プログラミングの話は流暢にするし、楽しくて仕方がない様子も見られました。
何よりも眉間のしわは消えて、中学生らしい笑顔が見て取れたのです。
長い間、自分の感情をシャットダウンして、まるで人でないような態度になっていた彼を、先生方も感情が感じられないみたいだ、会話が成り立たないとおっしゃっていましたが、本当の彼は、誰よりも繊細にいろいろな事を感じ、考えている中学生なのです。
私は、この子から何と感情豊かな心と、溢れ出る言葉を今まで押し殺して、ロボットのように振る舞ってきたことかと、この子の真の姿を見た時、本当に私も救われる思いがしました。
抜毛は自傷行為です。
その行為には必ず理由があるのです。
Comments